「特徴」が環境によって長所にも短所にもなる。

短所の改善方法:

①問題個所を抜き出して地道に癖付けを行いましょう。
②全体の動きになじませましょう。
③動きを意識しない練習も行いましょう。
④性格など改善不可能な「特徴」を活かしましょう。

上達をしていくプロセスでは、問題となる部分を見つけ改善して行く過程で、短所は目につきやすいのですが一方で“短所“と“特徴”の違いはわかりにくいものです。

実際にはその人が持っている特徴が有利か不利かが決まり、不利になるものを短所と呼んでいるにすぎないのです。
私は個人に特有の特徴があって当たり前だと思うのです。体が大きいことは、戦いに於いて有利なことは物理的に当たり前なことです。
しかし、体が大きい人は、リズム(テンポ)の速さでは不利にもなります。裏を返せば環境(スポーツ種目等)に応じて短所は長所化する可能性があるということです。

例えば、身長が高い人はバスケットでは有利ですだが、体操では不利になるでしょう。 視野が狭く集中する傾向にある選手は、バスケットなどの球技ではスタンドプレーになりますが、個人競技では勝負強さとなることもあるかもしれません。
空手では視野が狭く一点に集中することはあまり良いことではありません。

短所として認められる場合、それは改善可能なものか、改善不可能なものかを分けて考える必要があります。
背の高さ、骨格や身体の形状、根本的な性格などは成長し終えた年齢では変えられないのです。
背が低い空手選手と、背が高い空手選手では戦い方は当然違ってくるものです。 一方でバスケットボールのようにある程度身長がなければ、上位選手に名を連ねるのは厳しいことでしょう。
競技では、性格も改善可能に思えるかもしれませんが、案外と変えづらいものなのです。

私は大学1年生の時、50m走のタイムは、6秒1でした。
つまり、瞬発力はかなり高い方であったのです。その瞬発力は私の空手の蹴り、パンチにも活きていたと思います。
蹴り、パンチの速さは高いレベルにあったと思うのです。ただ、重たさがなく伸びがなかったのです。
そのうち熟練した先輩達の蹴り、パンチと比較して自分と何が違うのか知らず知らずのうちに違いを探すようになっていたのです。
そして真っ先に気づいたことは、体幹筋の使い方と身体の軸の置き方であったことに気がついたのです。
その動きを体得するための最初のトレーニングに体幹の筋力強化を徹底しました。
次に重心の上下、左右のぶれをなくす為にすり足での各種移動稽古に徹底的に取り組んだのです。

瞬発力の高さは有利なことです。有利な点は更に向上させていくことでより強みにできるようになります。
不利“短所”であった点は、しっかりと改善して行くことで有利にすることは不可能ではないものです。
一方でトレーニングでは、簡単には改善できない“特徴“不利”も存在します。
その代表的なものが背の高さ、骨格や身体の形状、根本的な性格、リズムです。

何事にも時代によって流行り廃りがあるものです。その時代の頂点にいる人間の動きはお手本とみなされやすく、もしその選手と自分のタイプが違えば、違いが短所として認識されてしまうかも知れません。ですが実際にはそれはただの違いなのです。
陸上競技、100mで活躍したカールルイスという有名な選手がいたことを知っている人もいることでしょう。
彼がトップの時には足を高く上げる動きが奨励されていて、足を低い位置ですり足のように走る動きは矯正されることが多かったのです。
伊東選手、末續選手が出てきて、足を上げずに走る選手が頂点に立つと、足を上げ過ぎないようにという指導が出てきました。
自信がない時にはただの違いが短所に見えるのです。

実用的な話に戻ると競技を開始して5.6年程度であれば明らかに改善するべき点があると思うので直しておいた方がよいでしょう。
やはりスポーツをするのであればそれぞれに押さえておかないといけない基本的な動きというものもが必ずあります。
自分よりレベルが高い選手を見て、その選手たちが誰もやっていない動きであれば改善すべきだと思います。

反対に上位の多くの選手が持ち合わせている“動き”であれば、ただの固有差である可能性が高いのです。
発展している競技であれば教科書があるので、そこに書いてあるうちの3分の2程度には改善をした方がいいのかも知れません。
ただ、日本は型を重んじてさほど影響のない癖も改善する傾向にあるので、細部は意識しなくていいと思うのです。
大雑把には体幹から30cm程度の距離までの手足の動きは教科書的に改善した方が良く、有利なことが多いと私は思います。

一方で腕や足などの末端は、違いがあってもただの癖なのでほっておいて構わないと思うのです。
特に練習を始めて間もない頃は派手に動く手足の動きに目を取られがちですが、そこは中心から生まれた動きの結果に過ぎないので、気を取られてはならないと思います。
短所は癖付けによって直すしかないのです。熟練者でなければ頭で考えて変えることは出来ないものです。
なるべく因数分解し、問題となる部分だけを抜き出しコツコツ良い動きを繰り返すのです。

ただし局所的に動きが改善されても、全体で統合されなければ意味がないのです。
“癖”をほぼ直すことが出来たならば、後は必ず実際の競技全体の動きの中で確認しながら完全に全体の動きに活かすトレーニングを行わなければなりません。
局所的に改善した結果、全体としてはバランスが悪くなるということが往往にしてあるものです。いじってはなじませ、いじってはなじませることを繰り返すことが重要なのです。

欠点の克服は大事ですが、頭でっかちになってはならないのです。スポーツはなんだかんだ言っても身体能力が高い人間が圧倒的に有利ですから、思い切ってのびのび動くことを損ねてはならないのです。週に一回は全く動きを意識せず思い切って力を出す練習をやっておいた方がいいでしょう。

最後にメンタルを短所として捉えている人も多いと思います。ものの見方はある程度変えられても、自分の性格を矯正できるとは考えない方がいいと思います。
心そのものに手をつっこむと迷路にはまるからです。むしろそのままの性格の自分でも力を出せるような物事の捉え方を身につけた方がいいでしょう。

私は空手を始めたころ”身体が力む“という致命的な短所、癖があり、これさえ直せばもっと上に行けるはずだと、徹底的に直したことがありました。
”身体の力み“をなくそうと様々なことを試みましたが思うように改善できなかったのです。
それは、根本的な短所が改善されていなかったのです。”心の力み“であることが原因だとに気づいていなかったのです。

以来、自分の身体の“リズム”に素直に動くことを課題にしたのです。“勝ち負け”を気にせず自分の身体のリズムを崩さず動くことを“癖”にしていったのです。
するとなぜかゆったりとした大きなバネのある蹴り、パンチのヘッドスピードも遥かに上がっていったのです。
自分なりに分析し、身体のリズムに素直に全身を動かすことでずいぶんと柔らかい動きを身につけることに成功したのです。
このように短所も全体の一部であり、短所がその後の道筋を引き寄せることもあるものです。
“短所”を素直に改善すれば、必ず全体のバランスにも良い影響をもたらすに違いないと思います。

特に格闘技のような欠点があれば、そこを相手が狙ってくるような競技では短所は必ず改善しなければならないでしょう。
いずれにしても短所の改善は競技には不可欠ですが、自分らしさを失ってはなりません。
他人を変えるより自分を変えることが重要だと言われますが、変わらない自分でいてもそれを競技で活かせるよう改善して行くことが大切だと思います。

“It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent, but the one most responsive to change”

最も強いものが生き残るのでもなく、最も賢いものが生き残るわけでもない。最も変化に適応する努力をしたものが生き残るのです。

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