空手と科学

精神力 [ spiritual strength ]は常に変化する!

行動心理学( behaviorist poycholgy ) に於いて「精神力」とは、「あることを遂行する( accomplish )為に意志を持続する心の状態の総称」である。
と定義( defimition ) がなされている。
具現化( embodiment )すると「ある目的を遂行する為に努力を継続する心の良好な状態」であろう。
一言で表わすと「心のゆとり」とも言える。

精神論( mind theory )と根性論( nature theory )は同一視し易いがこれは、全くの違いがある。
根性論( nature theory )とは、科学的根拠( scientific grounds )を伴わないことを指導者( leader )の下に、ただ単に継続することに耐えうる「心と身体」の力である。
対して、精神論( mind theory )とは、あることを遂行する為、科学的根拠( scientific grounds )踏まえ、自ら理解し指導者( leader )の助言( advice )・援助( helper )の下に positive なimage を持ち努力を継続( continuation )、更に学び修得( acquirement )しようとする向上心を伴う「心と身体」の力である。

「精神力」( spiritual strength) を向上させる為の手段( means )について述べたい。
冒頭で、私はこう述べた。
spiritual strength とは、「心のゆとり」である。
「心のゆとり」とは、何を示しているのかを示唆( suggestion )していきたい。
「心のゆとり」とは、「自信」( confidence )と「自尊心の高さ」( conscientious pride )であると考える。
何事を遂行する( acconmplish )にも最初から「自信」を持って成し得、且つ継続できる人などいない。
これは、空手道の世界に限ったことではない。
「自信」とは、地道な努力を continuation して育まれ、その成果( result )・証( proof )として技術( technique ) や能力( ability )の向上を促すものである。
努力の continuation なしに confidence げに振る舞うのは「ただの傲慢( arrogance ) 」に過ぎない。
   
「自尊心( conscientious pride ) 」とは、云わば「 自分を愛する心」・「 自分の人格を大切にする誇り」である。
人の犠牲になって、人の為に得を積むこととは違うものである。又、negative pride ( 自己自慢 )とも違う。
「自尊心( conscientious pride ) 」を向上させる為には、自分に「良心的自信 (conscientious confidence ) 」を育むことが不可欠である。
「自信」と「自尊心」は密接な相互関係( mutual relations )の上に成立している。
「自尊心( conscientious pride ) 」についての簡単な例を紹介する。
「自尊心( conscientious pride ) 」の高い人は、一般的に( generally ) 学力が高い。
逆に、「自尊心( conscientious pride ) 」の低い人は、学力が低いという統計上( in statistics ) の結果が示している。
又、「努力の遂行能力( performancer of the effort )」に於いても同様の結果が示されている。
   
さて、「自信」( confidence )と「自尊心( conscientious pride ) の向上」が「精神力 [ spiritual strength ]の向上」にどう起因しているのかを述べたい。
人は、一般的に ( generally )社会的不安( distemper )・経済的不安(economical uneasiness )・将来性不安( future uneasiness )など、様々な「不安感( jitters )」と向かい合って生きている。jitters を抱かない人など存在しないであろう。
「精神力 [ spiritual strength ] の向上 」は、「不安感( jitters )」と「良心的自信 (conscientious confidence ) 」の balance の得方である。

空手道に於いて言えば、いくら厳しく過酷な training を積んだ人でも試合になると普段の能力を発揮できずに初戦敗退してしまう人も少なからずいる。
それは、普段は適度な緊張状態( moderate tensions state )を保って lesson を行うことができる為、fullに能力を発揮できるのである。
しかし、試合となると緊張状態は極限( limit )を超えてしまう。
すると「心」と「身体」も硬直し普段の rhythm を完全に崩してしまう。
こういう事例の原因の基は、やはり「不安感の強さ」なのである。
、「不安感( jitters )」と「良心的自信 (conscientious confidence ) 」の balance が崩れた時、「心」と「身体」は極度の緊張状態( strain state )に陥る。一種の panic である。
   
この状態を乗り越えるのはやはり、日々の lesson の内容と修得する技術 ( technique )への「良心的自信(conscientious confidence ) 」と信憑性の高さ( high reliability )である。
technique への確固たる信憑性( reliability )があるならば「不安感( jitters )」と「良心的自信(conscientious confidence ) 」の balance が positiveな意味で適度な緊張状態を保つようになる。
この適度な緊張状態( strain state )が最高の performance を生むのである。
これが、「精神力」であり「心のゆとり」である。

科学的根拠 ( scientific grounds )のある「努力」の継続 ( continuation )に裏付けられた「良心的自信 (conscientious confidence ) 」が「自尊心( conscientious pride ) 」を育み「自尊心( conscientious pride ) の向上」が「不安感( jitters ) 」を和らげ「心にゆとり」をもたらす。
又、「不安( jitters )と緊張( strain )の調和」が人の持つ最大限の能力を培うのである。

「根性がないから、、、気合いが足りないから、、、負けるんだよ!」
では、指導者としてはやっていけない。
修業生は、指導者の人間としての器、努力と力量そして何より、技術( technique )への信憑性 ( reliability )を絶えず鋭い目で check している。

精神力 [ spiritual strength ]を心理学的検知から紹介する

私は、大学生時代、数学専攻課程であったが数学以外にも、力学( biolojy )・量子物理学( quntum physics )・化学( chmistry )・生物学( biology )・地学( earth science )・生理学( psyhology )・人類学( amthro pology )・心理学( psyhology )など科学的分野( scientific field )を主に学んだ。
だから、科学的根拠( scientific grounds )の伴わないこと、非論理的な( illogical )ことは信じない。

武道の世界のみならずスポーツ界に於いて精神論( mind theory )を議論( arogument )される場面は多々ある。
中でも精神力( spiritual strength )・集中力( concentration )・気力( will power )・根性( metare )など、その表わし方、議論は多面的である。
しかし、これらはそれぞれ特異的なものである。
これらを全て同一視してはならない。

精神力( spiritual strength )は、人の性格( character )・気質( tenperament )に起因する。
人の性格( character )・気質( tenperament )を行動心理学( behaviorist poycholgy )の検知から述べると、 人の性格( character )は4重構造の上に成り立っている。
先ず、性格の核( nucleus ) となるべく「気質」( tenperament )が存在し、これを包み込むようにして、狭義( narrow sence ) の人格( personality ) がある。
「気質」( tenperament ) は先天的( congenitl ) なもので、教育( education ) ・生活環境( environment )・周囲の変化( neighboring changs )などに左右されることなく一生変化することはないとの見解を示す心理学者が多数をしめる。

一方、狭義の人格( personality of the narrow sence ) は幼少期の頃の養育( norture )・環境( environment )により、ほぼ形成されると示している。
次に、狭義の人格( personality of the narrow sence ) を包み込むように「習慣的性格」( habitual personality )が存在する。
この「習慣的性格」( habitual personality )は、周囲の教育環境( education environment )や対人関係( personal relationships ) によって青年期( adolescens )・成人期( adulthood )・老年期(old age ) と絶えず変化する。

更に、これを包み込むように「役割的性格」( pole character ) が存在する。
これは、「習慣的性格」( habitual personality )より更に変化し易く、その時々の場面( scene )・状況( situation ) によって「意図的」( intentional )・「無意識的」( unconsciousness )に瞬時( moment )に変化する。と示している。

America の心理学者 スキナー ( skinner,B・F )の「心」と「行動」の密接な因果関係に端を発して、日本でも J-ABA 日本行動分析学会( the japanese association behavior amalysis ) が中心となって様々な研究がなされている。
人の「精神」と「行動」は「習慣的性格形成期」( formation time of the habitual personality )に於いての教育的環境( education environment ) ・対人環境( inter personal invironment )・社会的環境( social environment ) などによって顕著に( pemarkable ) に変化すると示している。
又、人の精神( spiritual strength ) ・性格( caracter )・行動様式( behavior pattern ) と先天的で変化しないとされる「気質」( tenperament ) との因果関係( cousation ) は極めて低いと示している。
このように研究機関が示しているように、人の精神力・気力・性格は常に変化し、向上したり、後退するものであるということである。

「精神力」の向上は、空手道場でいえば、その道場の指導者の人柄に加え、 lesson method と 技術力の(technique)の高さと信憑性が「心にゆとり」を育み「精神力」へと培われるものであること。
「心」と「身体」は別物ではなく、「心」が疲れている時は身体も疲れている。「身体」が疲れている時は、「心」も疲れているということを強調しておきたい。
  
 次回は、「攻撃は最大の防御であり、最大の risk にもなる」を紹介したい