暗黙知
(Tacit Knouledge)

 昨今の社会は、日本に限らず digital・I.T・bigdata 社会と称される Communication technology
の発展・進歩が凄まじい勢いで浸透している。
今後もその勢いはとどまることはないであろう。
経済・教育・スポーツどんな世界でも浸透・波及するものであろうし、そのことを上手く活用するresearch も進化を遂げていくことであろう。

 そんな中、企業を含め社会の見えない財産である人材育成( Human resource development )や危機管理( Crisis management )についてはどうであろうか、、、些か疑問である。
それは、時を経るとともに顕著になることであろう。
人材育成とは、Manual human behavior ( マニュアル通りにしか行動できない人 )を育てることではない。
「感性豊かで自ら考え行動し、強い意志をもって成し得る力」マニュアルにない、文字で表せないこと。
表現や行動に、臨機応変に正しく対応する能力を培うものであることを忘れてはならない。
Digital・I.T・Bigdata を通して見えてくるものをマニュアル化し、その通りに行動すれば必ず成果を成し得るという考えは浅はかな考えではなかろうか。

 知識経営論の中に「暗黙知」という言葉がある。
「暗黙知」とは、ハンガリーの科学哲学者マイケルポラン二ー氏が提唱した科学哲学から引用された言葉である。
「匠の技術の伝承」「最悪の事態を未然に防ぐ危機管理」の根本的概念である。
「暗黙知」を端的にのべると、人の知識・経験・直感・洞察力の総合力のことである。
言葉・数式・図表で表現できない。人が敏感に感じとる感覚、云わばアナログ的知識・思考といわれている。
この「暗黙知」の能力を育むことを置き去りにしていくと、非常事態を回避する行動能力は著しく劣ると提言している。
例えば、スポーツ界の中でもアーティスト界の中でも世に名を残すような人には、人を魅了するオーラがある。
そのオーラが「暗黙知」であり又、そのオーラを感じ取れる繊細な感覚を持つ人間力も「暗黙知」である。

 Bigdata から得たものを全て Manualsすることなど不可能であるし又、人はその全てを Manual 通りに行動することなどできない。
そこには人の感情というものが存在するからである。
それが、人であり、人間としての証でもある。
Digital の世界と「暗黙知」の世界を人が上手く共有できる日がやって来る時、世の真の進化・発展が構築されることであろう。